02


小堀を笠松の援護に向かわせた森山は人数分の机をくっ付けてから、何となく決まっている自分の席に座り、一番最初に部室に現れた後輩の相手をしていた。

「失礼します!…って、あれ?森山センパイだけっスか?」

「おー、黄瀬。今日も早いな」

きょろきょろと室内を見回す黄瀬に、森山は自分の想像通りだったなと内心で苦笑を浮かべる。

「森山センパイ。笠松センパイは?まだ来てないんスか?」

「残念ながら見ての通り、笠松と小堀はまだ来てない。とりあえず座れよ」

「っス」

ガタガタと椅子を引いて、黄瀬も定位置になりつつある席に座り、弁当箱の包みを机の上に置く。

「小堀センパイもって、確か…笠松センパイと小堀センパイって同じクラスでしたっけ?」

「そっ。俺だけ仲間外れ」

「何かいつも三人一緒にいるの見てるから違和感あるっスね」

そして、黄瀬にとっては笠松といつも一緒にいられる森山達が羨ましいと思う対象でもあった。
もやもやとした気持ちが胸の中に広がる。しかし、それは次の瞬間勢いよく開けられた部室のドアに吃驚して霧散する。

「こんちわーっす!笠松先ぱ…い?あぇ?もいやま先輩だけっすか?笠松先輩とこぼい先輩は…?」

「こら、早川。ドアは静かに開けろっていつも言ってるだろ。あ、どうも。森山先輩。黄瀬も」

早川と中村の二年生コンビが弁当箱を片手に室内へと入ってくる。

「ちわっス。早川センパイ、中村センパイ」

「おぉ、黄瀬!お前、いつも早いな!」

早川と中村も自然と決まった自分の席に着き、黄瀬と森山の前の席に空席が出来る。

「笠松先輩と小堀先輩はまだ来てないんですね」

森山先輩、と。中村にまで確認するように言われ、森山は「お前らなぁ…」と呆れ混じりの重々しい息を吐き出した。

「先輩ならお前らの目の前にもいるだろ。この森山先輩が!…なのに揃いも揃って二言目には笠松先輩!小堀は許すとしても…何故だ!?」

「なぜと言われましても…」

「何となく…っスかね?」

「もいやま先輩?どうしたんすか?」

一人憤る森山に中村と黄瀬は首を傾げ、早川はマイペースにも弁当箱の包みを開けながら森山を不思議そうな顔で見返す。

「あっ、もしかして。もいやま先輩、お腹が空いてうんすか?おぇのトマトで良けぇば食べますか?」

弁当箱の隅にちょこんと入れられたスライスされたトマトを箸で詰まんで早川は持ち上げる。
森山が憤っているのをお腹が空いてるからだと勘違いした早川に中村が苦笑して止めに入る。

「そうじゃないよ、早川」

「む?(レ)タスの方がいいのか?」

「そういう問題でもないと思うっスよ」

急に静かになった森山を黄瀬がちらりと見れば、森山は早川の行動に毒気を抜かれた様で、元々本気で憤っていたわけでもないらしく、自分の弁当箱を開けていた。
なんというか森山も未だ掴みきれない所がある先輩だなと黄瀬は思う。

その黄瀬の視線に気付いた森山が後輩達に顔を向けて言う。

「お前らも先に食べてろよ。小堀が日直だとか言ってたから、ノートでも運ばされてるのかもな」

小堀は人が良いから。笠松もそれに付き合ってんだろ、と森山はご飯を食べ始める。
それを聞いた黄瀬達は十分有り得ると納得して、それなら待っているよりは先に食べていた方が笠松と小堀も気にしないだろう。既に早川は弁当に手をつけ始めていたが、黄瀬と中村も自分の弁当箱を開けて食べ始めた。









「もう皆揃ってんのか」

「ごめん、ちょっと遅くなった」

それから少しして部室のドアが開けられた。
笠松に続いて小堀が部室に入れば、箸を止めた後輩達からバラバラと挨拶をされる。

「遅かったな二人共。ノートでも運ばされたか?」

片手をひらりと振って話を振ってきた森山に、笠松は黄瀬の向かいの机の上に弁当箱を置き、それに答えながら椅子に座る。

「まぁ、そんなとこだ。無駄に時間くっちまったな」

小堀は苦笑を浮かべただけで、笠松と森山の話には加わらずに弁当箱の包みを解く。笠松は片付けの済んでいる早川の机の上と中村の方を見て口を開く。

「早川、中村。食べ終わったんなら先に出ててもいいぞ。黄瀬もバスケしたいなら先に体育館行ってても良いぞ」

「うす!なかむあ、食べ終わったか?」

「お前が食べるの早いんだよ。あと少しだから待ってろ」

「俺はセンパイを待ってるっス。ゆっくりでいいっスよ」

にこにこと黄瀬は機嫌良く笑って、空になった弁当箱を片付けると、目の前の席でご飯を食べ始めた笠松を片肘を机に付いて眺める。
例え二人きりでなくても黄瀬にとって今は笠松と一緒にいられる貴重な時間だ。

「そうか?」

「はい」

「おーおー、今日も黄瀬は笠松になついてんな。別に羨ましくなんてないんだからな」

「…何キャラですか森山先輩。森山先輩も一緒に行きますか?」

先程から妙な拗ね方をする森山に中村が弁当箱を片付けて席を立ちながら誘いをかける。早川は自分のロッカーからバッシュを取り出していた。

「行ってきたら、森山?俺も後から行くからさ。それに中村一人で早川の相手も大変だろ」

「うむ、分かった。中村、行ってやらんでもないぞ!」

「だから、森山先輩…そのキャラは…。いや、やっぱ、何でもないです。行きましょう」

小堀に背を押された森山と、中村と早川の三人は部室でバッシュに履き替えてからぞろぞろと部室を出て行った。

「森山のあれ、何なんだ?」

笠松が箸を動かしながら眉を寄せて黄瀬を見る。

「さぁ…?センパイ達が来る前にも、何で森山センパイじゃなくて、二言目には笠松センパイなんだ!って良く分からないけど、嘆いてたっスよ。あ、でも、小堀センパイは許すって」

「はぁ?何だそれ?」

二人して首を傾げた黄瀬と笠松に、何のことだか察した小堀が苦笑を浮かべて話に加わる。

「黄瀬はさ、部室に来て森山しか居なくて何て言ったんだ?」

「えっと、笠松センパイは?って聞いたっス」

それの何が?とはてなマークを飛ばす黄瀬と、どういうことだと尚も首を傾げる笠松に小堀はポテトサラダを摘まみながら、あながち外れてはいないだろう自分の予想を二人に伝える。

「早川や中村も同じようなこと言ったと仮定してだけど。森山はちょっと寂しかったんじゃないかな?」

「あー…、それか」

「えっ?え?どういうことっスか?」

納得した顔をする笠松と小堀の顔を交互に見て、未だ良く分からない黄瀬は二人に説明を求める。

「まぁ、あれだ。簡単に言えば、目の前に森山がいるのにお前らは揃いも揃って俺達のこと言ってたんだろ。それで、森山は拗ねたわけだ」

「あぁ見えて森山は黄瀬達のこと気に入ってるからね」

「そうなんスか…」

黄瀬は森山の新たな一面を知って、女の子好きな残念な先輩だけじゃなく意外に可愛い所のある先輩なんだなと思ってぱちりと瞬く。気に入られてるという言葉には擽ったさを覚えた。

「そう。だからたまには森山の相手もしてやって。きっと喜ぶから」

そう言って小堀は弁当箱を片付け、笠松にお先と残して席を立つ。ロッカーから取り出したバッシュに履き替えて、体育館で待ってるよと二人に告げて小堀も部室を後にした。

「なんか…」

小堀がいなくなった後で黄瀬は両手で顔を覆い、ぼそりと小さく呟く。

「どうした…涼太?」

その様子に、最後の一個の唐揚げを口の中に放り込んだ笠松が首を傾げて聞き返せば、黄瀬はその体勢のままぼそぼそと言った。

「ここに来てから嬉しいことばっかで…。なんか…いいのかなって。色々、面映ゆいっス」

「いいんだよ。お前はもう俺達の仲間なんだ。何もおかしいことじゃねぇ」

弁当箱の蓋を閉じる手を止めて、笠松が右手を伸ばす。机を越えて、俯き気味の黄色い頭を遠慮なくくしゃくしゃと撫でて笠松は笑みを溢す。

「…ねぇ、ゆきちゃん」

黄瀬は頭を撫でられる感触に琥珀色の双眸をゆるゆると嬉し気に細めて、そっと両手を顔から離す。仄かに頬を熱くしたまま黄瀬は笠松を上目遣いに見上げ、頭を撫でていた笠松の手を両手で掴む。

「ん?どうした?」

そうして不思議そうな顔で見つめ返してくる笠松をじっと見つめ、口を開く。

「何かあったっスか?部室に入って来た時のゆきちゃん、顔色があんまり良くなかったっス。今は普通に戻ってるっスけど」

へにょりと心配そうに眉を寄せた黄瀬に、指摘された内容に、笠松は微かに目を見開く。
流石、模倣を得意とする黄瀬の観察眼は伊達じゃないなと心の中で称賛する一方で、本当の事を黄瀬に伝えるつもりは更々ないと笠松は苦笑いを浮かべた。

「ここ、来るの遅かっただろ?その相手がちょっと苦手な人だったから。多分、そのせいだろ」

「あっ、もしかして、女の先生だったんスか?そういえばゆきちゃん、何で女の子苦手なんスか?昔はそんなんじゃなかったっスよね?」

「そんなのどうだっていいだろ」

とりあえず話は反れたが笠松にとってはどちらも好ましい会話ではなかった。

「良くないっスよ!だって、俺…!」

「それより、涼太。ちょっと隣に座れ」

がたりと勢い良く椅子から立ち上がった黄瀬は笠松に言葉を遮られ、続く筈だった言葉を失う。
ポンポンと自分の隣の椅子を叩く笠松に黄瀬は口を開閉させながら、机を迂回し、今自分は何と言葉を続けようとしたのか自分でも分からずに首を傾げた。
俺…、の続きは何だ?
衝動的に込み上げて来た何かに突き動かされるように、黄瀬の口は勝手に動いていた。

隣の椅子にストンと大人しく腰を下ろした黄瀬に笠松は満足気に笑うと、自分の座っていた椅子を寄せ、黄瀬の肩に頭を乗せる。いきなり左肩にかかった重みに黄瀬は笠松の黒い頭を見て、あわあわと慌て出した。

「えっ、ちょ、ゆきちゃん!?」

「ちょっと休憩させろ」

「で、でも!体育館で森山センパイ達が待ってるんじゃ…!」

「少しだけだ。後三分したら行く」

え、あの、と狼狽える黄瀬に笠松は瞼を落とし、くつりと笑う。
黄瀬を自分達の理想通りにしようとしているアイツらは黄瀬のこんな姿は知らないだろう。
黄瀬は基本的には周囲が言うように確かに格好良いが、本当はちょっと泣き虫で、甘えたで、かわいいのだ。
チャラく見られがちな容姿にしても、そのじつ本人は一途で、努力家だ。

(誰にも教えるつもりはねぇけどな)

笠松にとって黄瀬はかわいい年下の幼馴染みだ。あんな喧しい自分のことしか考えていない女子達に黄瀬はやれない。

動く気配のない笠松に、笠松が譲らないと分かった黄瀬は大人しくなり、もうっと小さく溢して、肩に乗せられた笠松の短い黒髪に恐る恐る手を伸ばして触れてみる。

「あ…見た目より柔らかいんスね」

そんなことを言いながら撫で撫でと笠松の頭を撫でる。
いつもは自分が笠松に撫でられる側だから何だか新鮮で楽しいなと黄瀬の頬が自然と緩む。
なによりも笠松が何も言わずに大人しく黄瀬の手を受け入れてることに黄瀬は擽ったいような嬉しいような、温かな気持ちで心がほわほわと満たされていく。

「お前と違って触り心地よくねぇだろ」

瞼を下ろしたままの笠松が口を開く。

「そんなことねぇっスよ」

「嘘吐け。お前の髪の方がさらさらしてて手触りも良いし、良い匂いすんじゃねぇか」

「そ、そっスか?でも俺、ゆきちゃんの髪も好きっスよ。さっぱりしてて清潔感もあって」

「はは…、そんなこと言うのお前ぐらいだわ」

くつくつと笠松が笑った振動が肩から伝わってきて、冗談だと思っている笠松に黄瀬は笠松の見えない所で一人唇を尖らせた。

「別に俺だけで良いっスよ…」

「あ?何か言ったか?」

「何でもないっス」




肩にかかっていた重みはきっちりと三分後に離れていき、軽くなった肩にちょっとだけ黄瀬は寒さを覚えた。




end




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